大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)64号 判決

原告

株式会社 内外電機製作所

被告

株式会社 大西製作所

東京高等裁判所が昭和49年(行ケ)第91号審決取消請求事件についてした判決に対し、上告審である最高裁判所において破棄、差戻の判決があつたので、当裁判所はさらに審理のうえ、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和49年3月8日、同庁昭和43年審判第7027号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、差戻の前後を通じ、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「計器函に於ける計器取付金具」とする登録第842149号実用新案(昭和38年12月30日出願、昭和43年2月20日登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるが、特許庁は、被告が昭和43年9月16日原告を被請求人として本件考案につきなした実用新案登録無効の審判請求に基づき同庁昭和43年審判第7027号事件として審理し、昭和49年3月8日本件考案の登録を無効とする旨の審決をなし、その謄本は同年4月30日原告に送達された。

(2)  本件考案の要旨(訂正審決前のもの)

「断面コ字形の樋状金具本体の中間片に止螺子の挿通孔を長手方向に沿つて開孔するとともに、この中間片の両端を延長して下側にL状に屈曲し、計器函の正面に設けた案内条溝に係合する係止脚を形成した計器函における計器取付金具」

(3)  審決理由の要旨

本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

被請求人(本件原告)は、本件考案の要旨のうち「中間片の両端」とは「中間片の両側端縁部」を意味する旨主張し、その理由として、本件考案は、金具本体の全長を利用して計器の塔載が可能であつた従来の計器取付金具における係止脚形成手段たる、リベツトでかしめ止めする方式から生ずる欠点を除去し改良したものであり、その結果、本件考案は計器塔載につき金具本体の全長利用ができ、しかもかしめ止め方式の欠点がないという効果を奏するとの主張をしている。

しかしながら、上記の主張は、以下の理由により根拠がない。すなわち、本件考案は従来のものが有していた欠点、すなわち止鋲をかしめる際の金具本体の変形、作業手数、材料費の嵩みを除去することを目的としたもので、取付操作容易、円滑摺動、製作容易の効果をもたらすものと認められるが、被請求人の主張するような「金具本体の全長を利用して計器を取り付け得る」という効果は明細書に記載さされておらず、かつ、図面第1図をみても挿通孔3、3の外端は係止脚2、2の内側で止まつており、上記のような効果が目明なものであつたとはいえない。また、明細書中で従来のものとして記載されているのは、「金具本体の長手方向の両端近くに小孔を穿ち、この孔を利用して止鋲をかしめ止めして摺動自在なるよう取付けた」ものであるが、これが金具本体の長手方向の両端近くに1本づつ止鋲をかしめ止めしたものか、あるいは金具本体の長手方向の両端近くに2本づつ止鋲をかしめ止めしたものか明らかでないから、従来のものを後者と特定したうえその欠点を除去したのが本件考案であるとし、「中間片の両側端縁部」に意味を持たせようとする主張は当を得ない。さらに、実用新案登録請求の範囲の記載中の「係止脚」に付された符号「2、2」が、図面第1図に画かれた金具本体の中間片の一端両側の係止脚に付された符号を指すものでなく、中間片の左右両端の係止脚に付された符号を指すものと解する方が相当であることは、明細書中に係止脚を中間片の両側端縁部に設けたという記載が全く見当らず、単に「中間片の両端を延長して………係止脚を形成した」と記載されているのにすぎないことから明らかである。そして、実用新案登録請求の範囲に記載された事項は、考案の詳細な説明に記載された目的、効果を奏するに足る本件考案の構成として十分なものと認められ、実施例を示す図面に基づいて実用新案登録請求の範囲の記載中の「中間片の両端」を「中間片の両側端縁部」と限定して解しなければならない根拠はない。

ところで、本件考案の登録出願前国内において公然用いられていた計器取付金具(以下「引用例」という。)は、断面形の樋状金具本体の中間片に止螺子の挿通孔を長手方向に沿つて開口すると共に、この中間片の両端を延長して下側に係止脚をL状に屈曲形成し、計器函の両側壁に固着させた断面L字形をなす片と函底板との間に形成される案内条溝内に右係止脚を係合するようにした構造を備えていることが認められる。

そこで、本件考案と引用例とを対比してみると、樋状金具本体の中間片に止螺子の挿入孔を長手方向に沿つて開孔するとともに、この中間片の両端を延長して下側に係止脚をL状に屈曲形成してなる計器取付金具である点で両者は一致するが、(1)金具本体の断面形状は、本件考案がコ字状であるのに対して、引用例が状である点、(2)係止脚の係合する案内条溝が、本件考案では計器函の正面に設けた案内条溝であるのに対し、引用例では計器函の両側壁に固着させた断面コ字状をなす片と函底板との間に形成される案内条溝である点で両者の間に一応の相違が認められる。

しかし、上記(1)の相違点については、止螺子頭の遊勤間隙を形成させる必要と板金の補強の必要上金具本体を樋状にするために、本件考案ではコ字状に、引用例では状にしたものと考えられるから、両者の断面形状の相違は単なる設計変更にすぎないものと認められる。また、(2)の相違点については、本件考案の表現するものが案内条溝の構造を規定したものでなく、その位置を規定したものと認められるから、計器函の底板すなわち計器函の正面位置に、底板とL字状片とで形成される案内条溝を設けた引用例と構造上差異があるものとは認められない。

したがつて、本件考案は、その登録出願前国内において公然実施された引用例の計器取付金具と同一に帰するものであり、実用新案法第3条第1項第2号に該当し、実用新案登録の要件を具備しないから、上記条項に違反して登録されたものとして同法第37条第1項の規定によりこれを無効とすべきである。

(4)  審決を取り消すべき事由

審決は以下に述べる理由により違法として取り消さるべきである。

1 原告は、かねて、本件考案の明細書と図面の訂正審判の請求をしていたところ、特許庁昭和49年審判第4346号事件として審理され、昭和52年12月17日、本件考案の明細書と図面の訂正を認める旨の審決がなされ、その審決謄本は昭和53年2月23日原告に送達され、確定した。

上記審決の確定により、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、当初から下記のとおりのものとみなされるに至つた。

「断面コ字形の樋状金具本体1の中間片1aに止螺子7の挿入孔3を長手方向に沿つて開孔すると共に、この中間片1aの両側端縁部を切出して下側にL状に屈曲し、計器函5の正面に設けた案内条溝4に係合する係止脚2、2を形成した計器函における計器取付金具。」

(上記のうち、「両側端縁部を切出して」の部分が、訂正前の明細書では前記のように「両端を延長して」となつていたものである。)

この結果、本件無効審決の判断の基礎に変更が生じ審決の結論に影響を及ぼすことになつた。

2 かりに上記の理由によつて直ちに審決を取り消しえないとしても、訂正後の実用新案登録請求の範囲に基づき本件考案と引用例とを対比すると、その構造および作用効果において次に述べるような格段の差異があるから、本件考案と引用例を同一とはいえなくなつた。

(1) 構造上の相違

ⅰ 本件考案は、中間片の端部の両側縁を切出して、この部分だけをL状に屈曲し、係止脚2、2を形成し、金具本体の左右両端各中央部分に面一の平面部を残存した構成であるのに対し、引用例は、中間片の左右両端部分全体を長手方向へ外方にL字形に屈曲し、その末端部分をさらにL状に折曲して係止脚を形成した構成であり、

ⅱ また、本件考案における係止脚は、計器函の正面に設けた案内条溝に係合されるのに対し、引用例における係止脚は、計器函の側壁に設けられた案内条溝に係合される。

(2) 作用効果上の相違

本件考案は、金具本体の全長を計器塔載に利用でき、取付金具に相対応する計器函の幅を最小限度の寸法にすることができるので資材の節減ができて経済的であるのに対し、引用例のものは計器塔載に当り金具本体の全長利用ができず、それだけ幅の大きい函体を必要とするから、不経済である。

2  被告の答弁

(1)  請求の原因(1)ないし(3)の事実は認める。

(2)  請求の原因(4)について

原告の事実上ならびに法律上の主張はすべて争わない。

理由

1  請求の原因(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。

(1)  本件発明につきその登録を無効とした審決の判断は、次に述べる訂正審決がなされる前の実用新案登録請求の範囲に基づく要旨認定を基礎としており、しかも上記実用新案登録請求の範囲の記載中の「中間片の両端」を「中間片の両側端縁部」と限定して解すべき根拠がないとした上での判断であることは、審決理由から明らかである。

(2)1 ところが、請求の原因(4)1の事実は当事者間に争いがない。

2 上記争いのない事実によると、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載中中間片の「両端を延長して」とある部分は、中間片の「両側端縁部を切出して」と訂正されたから、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は出願時に遡つて訂正後の内容のものとみなされるに至つたことになる(実用新案法第41条、特許法第128条)。

(3)  そこで、上記訂正が本件無効審決の適否にいかなる影響を及ぼすかについて考察するのに、上記訂正により、本件考案の要旨についての審決の認定と解釈の基礎に変更が生じ、中間片の「両端を延長して」下側に係止脚をL状に屈曲形成してなる計器取付金具である点で本件考案と引用例とは一致するとした審決の判断が妥当しなくなつたことは明らかであり、審決の判断の基礎には、少なくとも結論に影響を及ぼす虞れのある変更が生じ、審決は正当といえなくなつたといわざるをえない。

(4)  よつて、その余の点について判断するまでもなく、審決は違法に帰したものとして取消しを免れない。

3  よつて、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

(小堀勇 小笠原昭夫 舟橋定之)

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